
言っても伝わらない
伝えたいのに誤解される
気分を害される・・・
そんな思いが強くて、「言う・伝える」ということに葛藤を持つ方はとても多い。
私もその一人だった。
自分自身の経験と、たくさんの方の実例に触れてきた経験、合わせてわかってきたことがある。
今日は「言っても伝わらない」という思いの奥について考察してみた。
「言っても伝わらない」お悩み
「言っても伝わらない」お悩みには大きく3つのパターンがある。
1つめは、「言っても伝わらない」と思い込んでいるがゆえに、最初から諦めてそもそも言っていないタイプ。
この場合「言い方」以前なのだが。
2つめは、勇気を振り絞って言っても、声が小さく、語尾がスン。。と下に落ちていて、届いてない。
なので、まともに受け取ってもらえないタイプ。
こういう方は、自分は話が苦手。上手くまとめて話せない。などと思っている。
3つめは、はっきり言うべきことを言っているのに、あまりよく思われない、誤解される、などで結局あんまり受け取ってもらえないタイプ。
こういう方は、自分の言い方がきつい、言葉の選び方が悪い。などと思っている。
共通するのは、どちらのタイプの人も「じゃあどういう言い方をしたらいいのだろう?」というところに課題感を持ち、
ああ言ってみたら、こういう言い方してみたら、と試行錯誤していること。
つまり
「伝わらないのは、言い方が悪いからだ。言い方を気をつければ、改善できるはず」
という思い込みがそこにはある。
しかし、その思い込みこそが終わりのない「改善→失敗ループ」の起点となってしまう。
おそらくどれだけ気をつけても、改善しても、
一時的には心掛けで何とかなったとしても、
いずれその心掛けが緩んだり、つい地が出たりした場合、やっぱり元通り。
あー、また上手く言えなかった。
あーまたあんな言い方しちゃった。
の繰り返し。
そんな経験はないだろうか?
つまりね、実は「言い方」じゃないってことなんです。
それ以前の「思い方」。
ここにこそ、鍵がある。
3つのタイプについて、詳しく見ていこう。

1.「どうせ」と諦めて言わないタイプ
言う前から「言っても伝わらない」と決めていて、我慢する。諦める。
だから実際、言ってない。
なので、当然伝わらない。
伝わっていないので、また「言っても伝わらない」と諦めが深くなる。
実際、言ってはいないのだけれども・・・
「だって、言っても伝わらないから」とまた黙っている。
ループ、ループ・・・
こういう方は意外と多い。
幼少期から親との関係で「言っても伝わらない」という思いを何度もすると、
大人になって別の関係性の相手に対しても、まだ何も言っていないうちから、この諦めを持ってしまう。
それで「どうせ言っても伝わらない」というお悩みがずっと継続する。
まだ言ったことがなくても。
このタイプの人が、勇気を振り絞って言ってみたとしても、次の2番の人になってしまうことも多い。

2.言っても届かないタイプ
勇気を振り絞って一生懸命言ってみても、声が小さく、自信なさそうに言うので、相手のもとまでちゃんと届かない。
重要な話として取り合ってもらえない。
そんな、声に力がなく、語尾が落ちちゃって届かないタイプの人は、そもそも
「私なんかが言ったって」という思いが強い。
自分自身の存在に、自信が持ててない。
存在の自信とは、つまり
自分はここに堂々と存在していていい。
これが私だから。
という感覚だ。
これが希薄で、何となく「こんな私じゃダメですよね」とか「こんな私がいてすみません」という基本トーンがあると、肚は座らない。声に力が乗らない。語尾まで熱がこもらない。
かつ、嫌われるのが怖いので、考えることは
「嫌われないかどうか。嫌われないように」
ここが目的になってしまうので、言葉がふよふよっ・・と漂ってしまう。
相手の心にしっかりしたボールとして届かないのだ。
さらに、このタイプの方は幼少期から親などにずいぶん怒られてきた方も多い。
そうすると基本的に人に対して、「怒っていないか?怒らせないように。でもきっと怒るだろう」という予測を、言う前から立てている。
その思いは、ビクビクとお伺いを立てるような表情にも声色にもなり、かえって相手をイラつかせてしまう。
こんな残念な「入れ子構造」になっている場合も多い。
そういうわけで、このマインドの土台のままで、どんなに言い方を整えても、残念ながら伝わらない。
ちょっとくらいは聞いてもらえるかもしれないけれど、相手が納得して頷くほど、相手の心まで届くことは難しい。
だからこそ、
自分は自分としていていい。
という内側の芯がしっかりできてくると、自ずと肚に重心が戻り、声に力が乗り、言っていることが届くようになる。
「相手の機嫌はどうか」という相手重心から、「自分の思いはこれだ」という自分重心に変わることで、声に熱量が乗るようになる。
その熱量が伝わって、相手の人が納得してくれるようになる。
本当に、その内的な変化というのは、声にしっかりと現れてくるものなのだ。
意外と、ご本人よりも、周りの人の方がすぐにその変化がわかったりする。
私はかつてこのタイプだったので、まさにその変化を自分が体験している。
今ではたくさんの方が、私の講義や対話セッションで、私の言葉を深く受け取ってくださっている。

言ってもよく思われないタイプ
では3つめ、
正しいことをちゃんと言ってるのに、よく思われない、誤解される感じがするタイプの人は?
このタイプの方の内側には、土台レベルで、被害者感覚があることが多い。
被害者感覚とは、傷つけられる、裏切られる、不正をされる、騙される・・・など。
人生のわりと初期に、何らかそんな体験をした痛みの記憶があると、基本的な感覚として
「二度とそうならないように」
「あんなことはもうさせないように」
といった、危機感と防衛意識が強く根付いていることがある。
さらに、「された」ことへの憤りの感情も、未処理のままどこかに埋まっている場合も多々あるので、
この方の内側には、危機感・防衛・憤り・・・というまあまあ物騒なエンジンが駆動していることになるのだ。
このエンジンで、「大事なことだからはっきり言わないと!」と自分にとって正しいことを言うとする。
その言葉はおそらく正しい。正論だ。
みんな「確かにそうだけどな」と思うだろう。
しかし、なんか。辛いのだ。
うれしくない。
なんか暗さというか、深刻さというか、固くてしんどい感じばかりが伝わるのだ。
なので、「確かにそうかもしれないけど」とうやむやにされてしまったり「その言い方はきついよ」などと言われてしまったり。
「わかりました」と言いつつ、なかなか実行しなかったり。
それでご本人は
「また伝わらなかった。この言い方じゃダメなのか。こんなこという自分がおかしいのか。傷つけない言い方をもっと工夫しないといけないのか。じゃあいっそ、言わなければいいのか。」
などと葛藤が深まってしまう。

しかし、言わなければいい、どう言ったらいい。ではないと言うことなのだ。
その根底にあるもの。
まずは「それではダメだ!」という否定。
その否定を生んでいる、憤り。
そして二度とそうはさせてはならじ!という防衛。
そして、その根底に埋もれている「された」痛み。
埋もれているこの思いに、改めて光を当てて 自己受容し、葛藤を完了させていく。
それを「癒し」とも言うのだが、
そんな内的なプロセスが進むほどに、 言葉から否定の鋭さと硬さが消え、 尖りすぎた危機感がゆるんでいく。
「こんなことにならないため!」という防衛を原動力にした言葉ではなく
「こうなったら、こんなに嬉しいよね!これだったら幸せだよね」という、「愛」を原動力とした言葉に変わっていく。変えていく。
そうなった時に、そのはっきりした言葉は、痛い正論ではなく、
熱量を持った真っ当な本質として、届く人に届いていくだろう。
自己受容に裏打ちされた 柔らかな熱量とともに語られた言葉は、人の心をあたため、熱を引き出し、
「そうなりたい!そうしたい!」という熱い力になっていくだろう。
「言い方」ではなく「思い方」
これが、伝わらない話が伝わるようになるための、土台的変革の鍵。
この「思い方」レベルからこだわりを解いて、自然体でただそこにいられるようになった時、
意識しなくても、心がけなくても
ただ思ったことを口にする、それだけで、あなたの言葉が届く度合いはグッと増すだろう。
そして、そんな土台からの変革は可能である。
このことは私が10数年、たくさんの方達の変化の道筋を伴走させていただく中で
確信に変わっている。
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